楽譜通り吹くより大切なこと─なぜ私は「間違っても大丈夫」と言うのか【島村楽器 名古屋パルコ店|フルートインストラクター 森川健士】

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公開:2026年06月21日

更新:2026年06月21日

「先生、ここは一息で吹かなければいけませんか?」
「スラーをかけ間違えてしまいました」
「指が難しくて楽譜通り吹けません」

レッスンの中で、こうした相談を受けることがあります。

そんな時、私はよくこうお伝えします。

「大丈夫ですよ。」

もちろん、何でも好き勝手に演奏して良いという意味ではありません。
しかし私は、楽譜通り吹くことよりも大切なものがあると考えています。

フルートインストラクター森川 健士

フルートインストラクター森川 健士

クラシックのフルート奏者として研鑽を積む一方、「和」の表現に定評がある。木製フルートを愛用し、尺八の技法であるムラ息、メリ、カリ等の奏法を取り込んだ音作りは、従来の西洋フルートの透明感に日本の陰影を重ねた音として評価を得ている。
ソロ・アンサンブルでのリサイタル、プロオーケストラの客演、その他商業施設や企業イベントでの演奏や、2025年パリ「Fête de la musipue」出演、メキシコ観光大臣ご一行の前での演奏等、様々な演奏活動を展開。
日本フルートコンヴェンション・アンサンブル部門金賞、同アンサンブルアワード部門入賞、その他コンクール入賞多数。
CBCラジオなどメディア出演もあり。

学生時代の私は「譜面通り」が全てでした

学生時代の私は、「自分らしさ」などあってはいけないと思っていました。

演奏者がやるべきことは、自分の考えを表現することではなく、作曲家が何を感じ、どのような思いで曲を書いたのか。
その物語を読み解き、忠実に再現すること。

それこそが演奏者の役割だと思っていたのです。

今でもクラシック音楽において、この考えはとても大切だと思っています。

作曲家を尊重すること。
楽譜を丁寧に読み込むこと。

それは演奏する上で欠かせないことです。
だから私は、「楽譜はどうでもいい」と言いたいわけではありません。

良い音を犠牲にしてまで守るべきものなのか

例えば、

「ここは一息で吹きたい」

というフレーズがあるとします。

もちろん、一息で吹き切ることができれば理想です。

しかし、そのために音色が苦しくなったり、最後の音が痩せてしまったりするのであれば、私は途中でブレスを取った方が良いと思っています。


速い指遣いが難しければ替え指を使ってもいい。
どうしても指が回らなければ、少し簡単にしてもいい。
本番で緊張してしまうなら、無理に完璧を目指さなくてもいい。

なぜなら、聴いている方は、

「あそこのブレス位置が違った」
「あの運指は替え指だった」

ということよりも、

「きれいな音だった」
「素敵な演奏だった」

ということを感じてくださるからです。

特に趣味として音楽を楽しむ方にとって、楽譜を守ることが目的になってしまっては、本末転倒だと思うのです。

お客様は「正解」ではなく「音楽」を聴いている

演奏家同士で話をすると、

「あそこの音程が惜しかった」
「バランスが少し悪かった」

という話になることがあります。

それは演奏家だからこそ気づく世界です。

一方で、一般のお客様からいただく感想は少し違います。

「優しい音でした。」
「情景が浮かびました。」
「癒されました。」

そんな言葉をいただくことがあります。

もちろん、お世辞もあるかもしれません。

それでも、お客様は「正解」を聴いているのではなく、音楽そのものを受け取ってくださっているのだと思います。

演奏者が気にしていることと、お客様が感じることは違う

以前、本番で暗譜が飛んでしまい、数秒間ぐちゃぐちゃになってしまったことがありました。
演奏している本人からすると大事故です。

「終わった……」

そう思いました。

ところが終演後、お客様からいただいた感想は、

「素敵な演奏でした。」
「世界観が美しかったです。」

というものでした。

誰一人として、暗譜が飛んだ話はしませんでした。

その時、演奏者が気にしていることと、聴いている方が感じていることは、必ずしも同じではないのだと改めて思いました。

「〜しなければ」が音楽を苦しくする

本番で緊張してしまう時。
音を外してしまう時。
頭が真っ白になってしまう時。

その背景には、

「間違えてはいけない」
「上手く吹かなければ」
「失敗してはいけない」

という思いがあることも少なくありません。

私自身も、そうした「〜しなければ」に縛られてきました。

しかし、アレクサンダーテクニークを学ぶ中で、

「別の選択肢があってもいい」

ということを少しずつ教わりました。

それは演奏だけでなく、生き方そのものにも通じていたように思います。

楽譜はゴールではなく、台本なのかもしれない

楽譜とは台本のようなものなのではないかと思っています。
もちろん、台本を尊重することは大切です。
しかし、

演奏する人。
一緒に演奏する仲間。
会場の空気。
その日のお客様。
その日の自分の心。

それらによって、同じ曲でも少しずつ姿を変えていく。

それもまた音楽の魅力なのだと思います。

私は日本の古典音楽や尺八の世界に惹かれています。
尺八はもともと楽譜を持たず、口伝によって受け継がれてきた音楽です。

人から人へ。

時代を超えて少しずつ形を変えながら、今日まで受け継がれてきました。

そう考えると、

「絶対に変わってはいけないもの」だけが音楽ではないのだ、と感じます。

完璧よりも、音楽を楽しむこと

もちろん、コンクールや試験など、点数をつけられる場では楽譜を守ることが求められます。
それも大切な音楽です。

しかし、発表会や演奏会、趣味としての音楽であれば、

「上手く吹けたか」

よりも、

「音楽を楽しめたか」

を大切にしたいと思っています。

本番で間違えても、人生は終わりません。
音を外しても、人を傷つけるわけではありません。

それよりも、

今日も元気に音楽ができること。
誰かと音楽を共有できること。

その喜びの方が、ずっと大きい。

だから私は、これからもレッスンの中でこう言い続けると思います。

「間違っても大丈夫ですよ。」
と。

島村楽器 名古屋パルコ店
フルートインストラクター 森川 健士

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