島村楽器 Update!をご覧の皆様、こんにちは。
アコースティックギターバイヤーの古川(ふるかわ)です。
本連載では、ギターのスペックや外観だけではなく、製作者がどのような背景や考えを持って楽器を作っているのか、その一本が完成するまでの物語にも目を向けながらご紹介しています。
今回ご紹介するのは、大分県竹田市で製作を続ける早瀬ギター工房より入荷した、工房開設10周年記念モデルの第2弾です。
モデル名は、S-slc “Biwa” 10th Anniv. Ed.。
早瀬さんがふと目にした中国明代の琵琶のデザインに心を惹かれたことをきっかけに、その印象をギターのボディラインや木材、パーツの組み合わせへと展開して製作された一本です。
琵琶をそのまま再現するのではなく、そこから受け取った美しさを早瀬さん自身の感性で解釈し、ギターとしてまとめ上げている点が本モデルの大きな魅力です。
表板にはシンカーレッドウッド、サイド・バックにはバーズアイメイプルを採用。さらに、トップブレースにはヒノキ、バックブレースには桑を用いています。
美しい木目を持つ外観だけでなく、反応の良さ、暖かな倍音、音の深み、そして芯のある響きを目指した設計です。
早瀬ギター工房の製作背景や、ルシアー早瀬輪氏のものづくりについては、以前の取材記事でもご紹介しています
ルシアー 早瀬 輪 プロフィール

彫刻家である父の工房が身近にある環境で育ち、幼いころから木材や道具に親しむ。
中学生のころ、隣家のご主人からギターを借りたことをきっかけに、ギターを弾き始める。もともと「音の出るもの」への関心が強く、民族楽器などを参考に、竹を使った楽器を作って遊んでいた経験も持つ。
2008年、埼玉県入間市の「弦奏工房」にて、初めてアコースティックギターを一本製作。この経験をきっかけに、ギター製作の道へ進むことを決意する。
2009年より、長野県上田市のSUMI工房・鷲見英一氏に師事。約5年にわたり修業を積み、楽器製作に必要な技術だけでなく、製品としての仕上がりや細部への向き合い方を学ぶ。
2016年、大分県竹田市に移住。古い民家の納屋を改装して早瀬ギター工房を開設し、ギターやウクレレの製作、修理を行っている。
S-slc “Biwa” 10th Anniv. Ed.


早瀬ギター工房の開設10周年を記念して製作された、特別仕様のS-slcです。
本モデルの出発点となったのは、早瀬さんが目にした中国明代の琵琶のデザインでした。
琵琶から感じ取った美しい輪郭や佇まいをもとに、ギターとしてのボディシェイプ、木材、装飾、内部構造を一つずつ検討。結果として、これまでの早瀬ギター工房の作品とは異なる表情を持ちながらも、全体として無理なくまとまった一本に仕上げられています。
ボディ外周にはスネークウッドのバインディングを採用。バーズアイメイプルの杢目を活かしたサイド・バックには、シースルーブラウン塗装が施されています。
光の当たり方によって浮かび上がる木目、シンカーレッドウッドの落ち着いた色合い、そして寄木によるロゼッタやバーズアイのインレイ。
さまざまな要素が組み合わされながら、派手さだけに寄ることなく、静かな存在感をまとっています。
製作者・早瀬 輪氏より:モデルに込めた想い
今回のモデルについて、製作者の早瀬さんからメッセージをいただきました。
工房開設10周年記念モデルの2本目となるこのギターは、ふと目にした中国明代の琵琶のデザインに心惹かれて、それをもとに全体の仕様をまとめたものになります。
長野の修業時代を経て、独立して10年の月日が経ち、だんだんと自分の好みに素直な方向に向かっているなということを感じています。
これまで培ってきたことを活かしつつ、それらを踏まえたうえで、さらにそこから自由になって、自分の感性に正直に楽器作りに向き合い始めている感じがあります。
今回の楽器も、美しい琵琶のデザインに触発されながら、自分ならここからどんな材料でどんなアレンジでギターを作るだろうと、楽しみながら制作を進めました。
表板にはシンカーレッドウッド、サイドバックにはバーズアイメイプルを使用することで、音色的にも反応の良さや暖かな倍音、深みなどを目指しました。
トップブレースにはヒノキ、バックブレースは桑を用いており、指板とブリッジに使用したバーズアイメイプルも含め、やはり反応の良さと腰のある音色を狙っています。
琵琶のデザインを踏襲することで自ずと絞られてくる木材やパーツ類の候補。その中で良い音色になるようイメージしながら材を選んでいくことで、結果的に自分だけではたどり着けない、今までとは違った魅力を持つ楽器に仕上がったと感じています。
仕様
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モデル | S-slc “Biwa” 10th Anniv. Ed. |
| トップ | シンカーレッドウッド |
| サイド&バック | バーズアイメイプル、シースルーブラウン塗装 |
| ネック | カーリーホンジュラスマホガニー、バーズアイのインレイ、サンバースト |
| 指板 | バーズアイメイプル、スネークウッドバインディング、ゴールドフレット |
| ブリッジ | バーズアイメイプル |
| ヘッドプレート | シンカーレッドウッド、スロッテドヘッド |
| ヘッド裏ベニヤ | バーズアイメイプル |
| バインディング | スネークウッド |
| ロゼッタ | 寄木、メイプルバール |
| スケール | 645mm |
| ナット幅 | 44mm |
| ペグ | Scheller |
| アームレスト | なし |
| カッタウェイ | フローレンタインカッタウェイ |
| ポジションマーク | 指板側面パールドット |
| ピックガード | なし |
| 塗装 | ラッカー、グロスフィニッシュ |
| ピックアップ | なし |
| ケース | ボブレンハードケース |
| その他 | 12フレットジョイント、2wayチタンロッド+カーボンロッド、真鍮製ロッドカバー |
ボディ


本Sモデルのデザインモチーフは、中国明代の琵琶です。
早瀬さんは、琵琶のデザインから感じた印象をそのまま装飾として取り入れるのではなく、「ここから自分ならどのようなギターを作るか」という視点で仕様を組み立てています。
ギターとしての演奏性や構造を保ちながら、通常のアコースティックギターとは異なる輪郭や雰囲気を感じさせる仕上がりです。
フローレンタインカッタウェイとスロッテドヘッドを組み合わせた外観も印象的で、正面から見たときだけでなく、抱えたときや背面から見たときにも独自の存在感があります。
表板(トップ材)



表板にはシンカーレッドウッド、サイド・バックにはバーズアイメイプルを採用しています。
シンカーレッドウッドの落ち着いた色合いと、バーズアイメイプルに浮かぶ細かな杢目。異なる表情を持つ木材を組み合わせることで、ボディ全体に深みのある外観を生み出しています。
サイド・バックにはシースルーブラウン塗装を施し、光の当たり方によってバーズアイメイプルの木目が浮かび上がる仕上がりとなっています。ボディ外周にはスネークウッドのバインディングを採用し、特徴的なボディラインを引き締めています。
ボディ内部にも、音色を意識した材の選定が行われています。
トップブレースにはヒノキ、バックブレースには桑を採用。早瀬さんは、トップブレースのヒノキによって反応の良さや鳴りを、バックブレースの桑によって芯のある音色を目指しています。
外観に見える木材だけでなく、ボディ内部の構造材にまで意図を持って選定していることが、本モデルの大きな特徴です。
側板・裏板(サイド・バック材)



サイド・バックには、バーズアイメイプルを採用しています。
バーズアイとは、メイプル材の表面に現れる、小さな鳥の目のような模様を持つ杢目のことです。バーズアイメイプルという名前の別の樹種ではなく、メイプル材の中でも特徴的な杢目を持つ材を指します。
本モデルでは、細かなバーズアイが広がる木目を活かし、シースルーブラウン塗装を施しています。塗装によって木目の濃淡が際立ち、見る角度や光の当たり方によって異なる表情を楽しめます。
シンカーレッドウッドの落ち着いた表板に、バーズアイメイプルの立体的な杢目を組み合わせることで、全体に深みのある外観に仕上げられています。スネークウッドのバインディングも加わり、特徴的なボディラインを引き締めています。
ブレーシング
トップブレースにはヒノキ、バックブレースには桑を採用しています。
早瀬さんは、トップブレースのヒノキによって反応の良さや鳴りを、バックブレースの桑によって芯のある音色を目指しています。
外観の木材選びだけでなく、ボディ内部の構造に使用する材まで含めて音色を考えていることが、本モデルの特徴の一つです。
琵琶のデザインから始まったモデルですが、見た目の印象だけでなく、音の立ち上がりや響きの方向性まで一貫して検討されています。
ネック



ネックにはカーリーホンジュラスマホガニーを採用しています。
木目の表情を活かしたネックにバーズアイのインレイを施し、サンバーストで仕上げています。
ネックを握ったときには、正面から見たときとは異なる木材の表情を楽しむことができます。装飾性を持たせながらも、ギター全体の色調から浮かないようにまとめられています。
指板とブリッジ





指板とブリッジには、サイド・バックと同じくバーズアイメイプルを使用しています。
指板上にはポジションマークを配置せず、指板側面にパールドットを施した仕様です。演奏中に必要な視認性を確保しながら、指板表面の木目をすっきりと見せています。
ゴールドフレットとの組み合わせも特徴的で、バーズアイメイプルの明るい木目に、金色のフレットが穏やかなアクセントを加えています。
指板とブリッジを同じ材で揃えることで、ボディからネック、ヘッドに至るまで、木材の統一感も感じられる構成です。
ヘッド






ヘッドプレートには、トップと同じシンカーレッドウッドを採用しています。
スロッテドヘッドのクラシカルな意匠と、シンカーレッドウッドの落ち着いた色合いが組み合わされ、現代的なギターでありながら、どこか古楽器を思わせる雰囲気を感じさせます。
ヘッド裏のベニヤにはバーズアイメイプルを使用。表面と裏面で異なる木材の表情を楽しめる仕上げです。
ペグにはSchellerを搭載しています。
ロゼッタ



サウンドホール周りには、メイプルバールを使用した寄木のロゼッタが施されています。
木材の自然な模様を活かしたメイプルバールは、均一な装飾材とは異なる、一つひとつの表情を見せてくれます。
ボディ全体に使われたバーズアイメイプルとのつながりもあり、サウンドホール周辺だけが独立するのではなく、ギター全体の木材感をまとめる役割を果たしています。
バインディング





ボディ外周のバインディングにはスネークウッドを採用しています。
バーズアイメイプルの明るく細かな杢目に対して、スネークウッドが輪郭を引き締めています。
木材の色合いや杢目を活かしながら、ボディのラインを明確に見せることで、琵琶から着想を得た特徴的なシルエットをより印象的に見せています。
バイヤー古川の注目ポイント

このモデルで私が強く惹かれたのは、琵琶というギターとは異なる弦楽器から得た着想を、早瀬さんが自身の感性でギターとしてまとめ上げている点です。
見た目の特徴だけを追うのではなく、音色や演奏性との調和まで考えながら形にしているため、個性的なデザインでありながら、楽器としての自然さも感じられます。
早瀬さんが目指された反応の良さや暖かな倍音、深みのある音色は、ぜひ軽いタッチでの立ち上がりから、アルペジオやコードストロークまで弾き方を変えながら確かめていただきたいと思います。
工房開設10周年という節目に、これまでの経験を活かしながら新しい発想へ踏み出した早瀬さんの姿勢が表れた一本です。木材の表情と音の変化を、ぜひ実際に味わってみてください。
展示店舗・ECページのご案内
今回ご紹介した早瀬ギター工房 S-slc “Biwa” 10th Anniv. Ed.は、梅田茶屋町店に展示されています。
商品画像や掲載されている仕様、販売状況などの詳細は、島村楽器オンラインストアの商品ページをご確認ください。
※展示状況や在庫状況は変動する場合がありますので、ご来店前に店舗へご確認ください。
| モデル | 展示店舗 | 電話番号 |
|---|---|---|
| S-slc “Biwa” 10th Anniv. Ed. | 梅田茶屋町店 | 06-6292-7905 |
商品ページ

まとめ
S-slc “Biwa” 10th Anniv. Ed.は、早瀬ギター工房の開設10周年を記念して製作された、2本目のアニバーサリーモデルです。
中国明代の琵琶をデザインの出発点とし、シンカーレッドウッドの表板、バーズアイメイプルのサイド・バック、スネークウッドのバインディング、メイプルバールの寄木ロゼッタを採用しています。
指板とブリッジにもバーズアイメイプルを使用し、ゴールドフレットや真鍮製ロッドカバー、スロッテドヘッドなど、各部に統一感のある仕様を取り入れています。
ナット幅は44mm、スケールは645mm。12フレットジョイント、フローレンタインカッタウェイ、2wayチタンロッドとカーボンロッドを備え、ピックアップとピックガードは搭載していません。ケースにはボブレンハードケースが付属します。
特徴的なモチーフと木材の組み合わせを、早瀬さん自身の設計と仕上げによって一つのギターへとまとめた記念モデルです。
オーダーのご相談・入荷予定のお問い合わせ
早瀬ギター工房のオーダーに関するご相談や、入荷予定についてのお問い合わせは、島村楽器 名古屋パルコ店までご連絡ください。担当の古川がご案内いたします。
| 店舗 | 電話番号 | 担当 |
|---|---|---|
| 名古屋パルコ店 | 052-264-8316 | 古川 |
銘器探訪の管理人 古川 惠亮プロフィール

京都府出身。大阪での歌い手としての活動を経て、「音楽の楽しさを届ける側になりたい」との思いから、2004年に島村楽器へ入社。
ギターへの深い愛情と幅広い知識を武器に、アコースティックギターの販売で10年連続トップセールスを達成。
現在はバイヤーとして、米国のMartin社での買い付けをはじめ、Furch、K.Yairi、Takamineなどのブランド、ならびに国内外のルシアーと共に、数々のカスタムモデルの企画・仕様策定・デザインを手がける。
プライベートでは3児の父として、家族との時間を大切にしている。
目下の悩みは、子どもとのゲーム対戦でなかなか勝てないこと。