Our History
島村楽器の歩みは、一人の音楽好きの小さな決断から始まりました。
人と音楽に向き合い続けてきた歩みを、年代ごとに振り返ります。
1960年代
創業の原点

創業者の島村元紹は1933年、東京都江戸川区平井に生まれました。16歳で父を亡くし、進学した早稲田大学を中退して家業の文具店を継ぐことになります。地域に密着して学校指定の商品を扱う仕事ではありましたが、事業としての将来性には物足りなさも感じていました。
転機が訪れたのは、島村が28歳の時。日本楽器製造(現ヤマハ株式会社)から音楽教室加盟店募集の話が舞い込みます。学生時代からジャズやクラシックコンサートを見に行くなど音楽ファンだった島村は、「好きな音楽が仕事になるなら」と迷うことなく開設を決めました。祖母の猛反対を押し切り、私財を投じて文具店の一角に教室を開設。
後戻りできない状況の中、自ら駅前でビラを配るなど必死に募集活動を行いました。その結果、20人集まれば大成功と言われた時代に、3倍の60人もの生徒が集まったのです。この挑戦は日本経済新聞にも取り上げられ、「本気になれば必ず結果は出る」という確信を得る原体験となりました。
Column
好きなことだから、本気になれた
島村はのちに、「仕事は当事者意識をもって本気でやると、楽しく、面白くなる」と語っています。音楽教室を成功に導いた原動力は、何よりも「好きなことに本気で向き合った情熱」でした。周囲の反対を押し切ってまで踏み出したこの一歩が、島村の生涯貫き続けた「好きなことを仕事にする」という信念を形づくりました。
1969年
島村楽器株式会社の誕生

音楽教室は順調に生徒を集め、1968年には2つ目の教室もオープンしました。
一方で、一定の時期になると教室をやめていく生徒も現れます。理由を調べると、自宅にピアノや電子オルガンがなく、練習できずに諦めてしまう生徒が多いことが分かりました。保護者からの要望もあり、島村は生徒向けの楽器販売を開始します。「お客様に喜んでもらえる仕事がしたい」、「音楽を楽しむ人を増やしたい」という思いがあった島村は、音楽を長く楽しんでもらうためには、演奏環境まで支える必要があると考えたのです。「お客様のミュージックライフをサポートしていくことが大切である」という強い決意のもと、1969年、文具店事業から分離し、音楽教室と楽器販売を主業務とする島村楽器株式会社を設立しました。以降、都内に8カ所の音楽センターを開設し、その後音楽教室事業は安定した成長を遂げていきます。
Column
楽器販売は、
音楽を続けてもらうための
『手段』だった
多くの楽器店が「楽器を売ること」を目的に施策展開を行う中、島村楽器の事業の起点には常に「お客様の役に立つ」という軸がありました。会員様に音楽教室へ通い続けてもらうことを第一に考え、そのための『手段』として楽器販売を開始したのです。「モノ」ではなく、“音楽を楽しむため”という「コト」を起点に考える姿勢はここから始まりました。
1970年代
軽音楽専門店への
挑戦

1976年、高まるバンドブームの勢いを受け、東京・平井駅前に若者向けの軽音楽楽器(L.M.)専門店をオープンします。ギターやベース、ドラムを扱うこの店舗には、音楽教室に加え、お客様が思う存分練習をしたり、デモテープをつくったりしていただける録音スタジオや練習スタジオも併設されました。また、既存のユーザーのみならず、初めて楽器を手に取る方も等しく大切なお客様であるという考えから、楽器未経験者でも参加しやすいイベントの企画・開催に力を入れていきます。有名ミュージシャンによるコンサートや、アマチュアバンドコンテスト「HOTLINE」、店舗での公開レッスンなど、当時に始まり、今もなお続くイベントも少なくありません。競合する楽器専門店が集まる御茶ノ水に近い立地でありながら、お客様と音楽に寄り添う接客を重ねることで、少しずつファンを増やしていきました。
Column
「値引きはしない。“人”で売れ」
他楽器店との競争が激しさを増す中、島村はスタッフに「値引きはするな。“人”で売れ」と指示をしました。親身になってお客様の想いへ寄り添い、満足度の高い楽器選びをしていただくことこそが、島村楽器ならではの魅力になると確信していたのです。
1980年代
ショッピングセンターへの進出

1982年、ショッピングセンターのテナントとしてジャスコ葛西店(現・イオン葛西店)に初出店します。楽器だけでなく、付帯するアクセサリーやデジタル機器、楽譜まで取り揃えた総合楽器専門店としての地歩を固めつつあった島村楽器は、ハードではなくソフト主導型であることを改めて明確にするため、出店に際しては音楽教室と練習スタジオを併設した形態を確立し、また現在まで続く経営理念を明文化しました。専門街ではなく、人が日常的に集まる場所で音楽と出会ってもらう。この発想は、楽器をより身近なものにしました。店舗は、楽器を買う場所であると同時に、音楽を始め、続けるための場所として進化していったのです。
Column
楽器店の
ハードルを下げ、
音楽の入口を広げる

さまざまなテナントが入るショッピングセンターで、誰でも気軽に立ち寄れる場所にするよう、店舗は「すべてが入り口、すべてが出口」と言える、開放的な設計にこだわりました。
1990年代
島村楽器の
強みを確立し、
全国展開をスタート

1990年代以降、名古屋パルコ店への出店を皮切りに全国展開を開始します。店舗数と事業規模が拡大し、楽器小売店として国内大手企業に急成長しました。また、アマチュアバンドコンテスト「HOTLINE」や音楽コンクール、「YOUR STAGE」などといった発表の場を全国に拡充し、演奏を続ける目標を提供してきました。さらに、顧客のニーズをより深く追求し、独自のストアブランド商品や、音楽制作ソフトなどを開発・商品化にも着手。こうした取り組みを重ねることで、全国に認知される企業へと成長するとともに、「楽器屋といえば島村楽器」という“選ばれる理由”を少しずつ積み上げていきます。1998年には音楽制作ソフト開発の取り組みが評価され、初代iMacの日本初期販売代理店二社のうちの一社にも選定されました。
2000年代
「続ける音楽」を
支える基盤づくり

2000年代に入り、事業基盤のさらなる強化を進めていきます。1999年から2001年にかけて20店舗以上を新規出店し、出店先は都市型商業施設から郊外型ショッピングセンターへと広がっていきました。2000年からは電子ピアノのコラボレーション商品の発売を各メーカーと開始し、世界的な電子ピアノブランドと20年以上にわたりコラボレーション商品の販売を継続。他にもギターや管楽器など、さまざまな商品カテゴリーにおいて有力ブランドとのコラボレーション商品の販売を開始し、特徴ある品揃えを実現していきます。
同時に、楽器販売後のサポートにも力を入れ、リペア工房の整備や技術者の育成を推進。2003年には代官山音楽院(2019年閉校)を開校し、演奏者や技術者を育てる仕組みづくりを整えました。さらにオンラインストアも立ち上げ、試行錯誤を重ねながら売上を拡大していきます。音楽を始めるだけでなく、学び、演奏し、続けていくお客様をサポートする、音楽人生のあらゆるシーンで求められる会社へと、その基盤を整えていきました。
2010年代
理念を受け継ぎ、
さらなる高みを目指す

2012年、創業50周年を迎え、翌2013年には創業者・島村元紹から現社長・廣瀬利明へとバトンが引き継がれました。新体制のもと、経営理念に基づき、従業員がやりがいを持って働き続けられる環境づくりを推進。人事制度や研修体制、楽器別の専門資格制度など、専門性を高める仕組みが整備され、組織としての基盤はさらに強固なものとなります。また、リアル店舗と連動したオンライン活用を進めることで、場所や時間にとらわれないネット販売やマーケティングを強化。中国への出店(2020年に閉店)や現代ギター社の買収など、新規事業にも積極的に挑戦してきました。変化を恐れず挑戦し続けるDNAを受け継ぎ、「楽器プレイヤーのトータルサポート」をスローガンに掲げながら、さらなる発展を目指していきます。
2020年〜
音楽人生を
トータルで支える、
総合楽器店へ

コロナ禍を経て2020年代に入り、音楽との関わり方は大きく変化しました。オンラインでの購入やレッスン、配信環境や防音室のニーズの高まりなど、音楽を取り巻く環境はより多様化しています。島村楽器はこうした変化に対応し、店舗とネットの在庫連携やオンラインレッスンの拡充などを進めてきました。現在は、楽器販売や音楽教室にとどまらず、修理、保証、楽器やスタジオレンタル、演奏環境づくりまで含めた「楽器プレイヤーのトータルサポート」を展開しています。「音楽を楽しむ人を一人でも多く創る」という理念のもと、島村楽器は多くの人のさまざまな音楽人生に寄り添い、新しい可能性の扉をひらいていく企業として挑戦を続けていきます。
Column
創業者 島村の言葉

かつての楽器業界ではメーカーが圧倒的に優位な立場にあり、メーカーの方を向いて仕事をする小売店が多かったように思います。しかし、私は文具店店主としての経験から、小売業が向くべきはお客様であるという信念を持ち、異端児と呼ばれながらもさまざまな挑戦を重ねました。1990年代以降、当社のこうした姿勢を評価してくださった大型ショッピングセンターから出店のオファーが相次ぎ、今日の日本全国に広がる店舗網を築くに至りました。最初の音楽教室を開設してから半世紀の間、自分で決心して、お客様のためになると信じたことに本気で取り組んでいたからこそ、仕事は本当に面白かったです。そうした自分の経験があるからこそ、私は、好きなことや本気になれることを仕事にするということが一番大事である、と皆さんにお伝えしたい。自分のやりたいことができる会社かどうかで選べば、本当に本気になります。人間は本気にならない限り、成長しません。他人の力ではなく、自分の力で成長するのです。