スーツ姿にターバン…『THE FIRST TAKE』で異彩を放つマハラージャンの音楽遍歴と“ゴールデンギター”の謎に迫る【前編】

“マハラージャン”というアーティストをご存知だろうか。

タイトなスーツ、ターバン、メガネ、大きなリングピアスという一見風変わりな衣装に身を包み、ソウルやファンクといったブラックミュージックから多幸感に富んだエレクトロサウンドまで、グルーヴィかつ上質な音楽を武器に、2021年3月にEP「セーラ☆ムン太郎」でメジャーデビュー。
6月に公開された『THE FIRST TAKE』では、OKAMOTO’Sのハマ・オカモトら腕利きのミュージシャンを率いて同曲を熱演し、感度の高い音楽リスナーたちから注目を浴びた。会社員として働きながら、初めてオリジナル曲を完成させたのが二十歳を超えてからだというマハラージャン。

異色の経歴を持ち、決して順風満帆ではなかった彼の“ミュージックジャーニー”を紐解いていこう。

音楽で“やられた!”と思ってもらえることをやりたい

すべてが一体となった時の素敵なサウンドと世界に惹かれました

――まずは、初めて音楽を意識した瞬間から教えてください。

マハラージャン:保育園の頃に両親が家でクラシックをかけたり楽器を弾いていて、その時に音楽を意識したというか“楽しいな”と思っていました。

――小さい頃からよく家に音楽が流れていたんですね。

マハラージャン:教育上、音楽がいいと思ったんだと思います。で、小学校には吹奏楽部があってトランペットを小4からやっていました。親が昔にちょっとだけやっていたトランペットが押し入れにずっと眠っていて、せっかくあるんだったらやってみようと思ったんです。それから自分で音楽を好きだなと思うようになったのは、中学生の頃にL’Arc-en-Cielを聴いた時。たしか親が運転している車の中で「HONEY」が流れていて、それを聴いた時に気持ちがときめいちゃうというか、“何これ!”ってビックリしたのを覚えています。メロディー、コード感、hydeさんの歌と歌詞。すべてが一体となった時の素敵なサウンドと世界に惹かれましたね。

――小学生の頃は自分でCDを買ったり、そういう歳ではないですかね。

マハラージャン:いや、僕が子どもの頃は小学校高学年くらいになると、CDを買うのがかっこいいとされていました。で、僕もCDを買いたいと思っていたのですが、初めて手にしたCDは親が買ってきた『もののけ姫』のサントラ。“みんながかっこいいと話しているCDを俺も手に入れた!”と。ちょうどその頃に家族旅行でハワイに行くことがあったのですが、その時にずっとそのサントラを聴いていて“何か違うな”と思っていました(笑)。

――ハワイで『もののけ姫』は面白いですね(笑)。では、初めて自分で買ったCDは?

マハラージャン:中学校の時に初めて買ったL’Arc-en-Cielさんの「snow drop」です。

――中学校も吹奏楽部だったのですか?

マハラージャン:そうですね。最初はバレー部だったのですが、バレー部が廃部になってしまったので2年生から吹奏楽部に入りました。やっぱり僕には、小学校からトランペットをやっているというアドバンテージがあったので、最初から周りの人よりも少し上手かったんです。で、『3年生を送る会』という全校生徒が集まって吹奏楽部が演奏を披露する機会があったのですが、そこで“「Tequila(テキーラ)」のソロをやらせてほしい”とお願いして全校生徒の前でソロを吹いたら、後ろのほうで座っていた人も立って見てくれて、学校のヒーローになったんですよね。その時に“俺にはこれだ!”と思って、音楽のことをいろいろと調べて聴くようになりました。ただ、それが金曜日の出来事だったのですが、月曜日になるとみんなあまり覚えていなかった(笑)。

――それからの楽器遍歴というか、どのような楽器に触れるのでしょうか。

マハラージャン:実は小学校6年生の時に歯の矯正を始めたんですけど、トランペットをあまり吹けなくなってしまったので、その代わりにギターを少しずつ始めました。

――ギターを選んだ理由は?

マハラージャン:何となくピアノではないかなと。ピアノは小1の頃くらいから始めないと“今さら感”があって。“ギターだったらまだ始めている人もいないな”ということだった気がします。アコースティックギターから始めたのですが、最初に少しだけ音楽教室に通いました。中学校に入ってからはL’Arc-en-Cielさんにハマったこともあって、好きな音楽をギターで弾いてみたり。その頃から、なぜかアドリブが弾けたんですよね。逆にコードを覚えたりするのがよくわからなくて、単音で合わせて弾くと“あ、何かアドリブになりそうだな”みたいな。だから、最初からそういう楽しみ方をしていました。

――いわゆるギター初心者のセオリーというか、教則本を見てコード覚える流れとは違ったわけですね。

マハラージャン:そうです。ゲームでもそうなのですが、説明書を読むのが嫌いなタイプで。トライしながら発見するというか、説明されるのがまどろっこしくてやりたくないと思うタイプなんです。

――初めてギターで弾いた曲は何ですか?

マハラージャン:最初に弾いた曲は「スタンド・バイ・ミー」ですね。未だに最後まで弾けないですけど。ギター1本でイントロのフレーズを弾いて。でも、やっぱりつまらなくて辞めてしまって、しばらくは弾いていなかったと思います。徐々に好きな曲とか弾きたい曲ができて、またギターを始めるようになりました。たぶん中学校のタイミングだと思います。周りにも流行りの曲を弾きたくてギターを始める人が現れて、そういう人の情報でB’zの松本さんはどういう風に練習していたとか、ギターにまつわる噂話を聞くようになったんです。松本さんは1日に6〜9時間は練習するという話を聞いて、自分もそのくらい練習しなきゃいけないと思って家で弾くのですが2時間が限界でした(笑)。

自分のことを反映した歌詞が今の活動につながっている

――初ライブはいつですか?

マハラージャン:高校生の時に東京スカパラダイスオーケストラさんの曲を文化祭で披露したことがあるのですが、お客さんが全然いなくて。5人くらいしかお客さんがいないのに、最後にピックとか投げていましたね。

――(笑)。音楽の道に進もうとか、当時から具体的なプランを考えていたんですか?

マハラージャン:本当に何も考えていなかったですね。すべてにおいて、まったくやり方がわからなかった。中学生の時、もしも行動力があって頭がキレる人だったらもっとライブもやっていたと思うんですけど、ライブのやり方がわからなかった。その頃はオリジナル曲も作っていなくて、やっと作ったのは二十歳を超えてからだと思います。

――なるほど。マハラージャンさんはCMの制作会社に勤めていましたが、働きながら曲は作っていたと。

マハラージャン:作っていました。音楽を作ろうと思ったらお金がかかるじゃないですか。楽器も買いたいし音楽ソフトも買いたい。友人から“フリーターになるよりも業界に近いほうがいい”というアドバイスをもらってCMの世界に入ったんです。すごく忙しかったけれど、帰宅したら必ず曲は作っていましたね。

――二十歳を超えてから初めて作ったオリジナル曲はどんな曲ですか?

マハラージャン:作ってはボツ、Aメロを作ってはダメだなとか、最後まで完成しない状況がずっと続いていて。その原因は歌詞だと思うんですけど、ずっとしっくりこなかったんです。でもある時にすごくかっこいいフレーズができて、それに対していろいろな歌詞を考えた時に、“いいことがしたい”という歌詞にしてみようと思って。すごく自分のことを反映した歌詞に仕上がって、それが今の活動につながっています。自分で認めていない曲はいくつかあるんですけど、「いいことがしたい」は初めてすごく出来た感覚があったんです。

――曲作りで確立した方法があるのでしょうか?

マハラージャン:確立したものはないですね。本当にその時々です。いわゆる降ってくる時もあれば、“こういうフレーズはどうかな?”といろいろと試して、“これだったらこういう世界観でこういう歌詞かな?”と徐々に完成させていく。その時々で異なりますね。

――マハラージャンさんが音楽を通じて表現したいことは何でしょうか?

マハラージャン:僕がやりたいことは、“かっこいいこと”の幅を広げたいのかもしれない。もちろん僕自身はかっこいい曲を作っているつもりですが、普通だったらそんなにかっこよくないことを歌詞で言ったりしていて、それを音楽の力でねじ伏せている部分もあります。それによって“かっこいい”が広がるというか、そういう言葉でもかっこよくなれる。そういった概念を更新していくことは、やりたいことのひとつかもしれないですね。僕はバンクシーが好きなんですけど、バンクシーってみんながわかりやすい方法でアーティスティックにハッとさせるじゃないですか。いずれそういう風になりたいというか、音楽で“やられた!”と思ってもらえることをやりたいなと思います。

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この記事を書いた人

溝口 元海

エディター、ライター、フォトグラファー。ギター・マガジンやRolling Stone Japan、Go!Go!GUITARなどで執筆。