J-POPのルーツはこの人にある!日本ポップス界のヒットメーカー 筒美京平

1.日本ポップス界の変革者、筒美京平

2020年も多くの偉大な音楽家がこの世を去りました。その中でも筒美京平さんは、シングル総売上枚数が国内史上最高の7560万枚、60年代、70年代、80年代、90年代、そして2000年代のすべてでチャートの1位を記録した唯一の作曲家です。

筒美京平さんは、歌謡曲に洋楽的なエッセンスをもたらし、日本のポップスを大きく変え、皆さんにも馴染みのある現在の日本のアーティストに大きな影響を与えました。

例えば、一青窈さんを始めとする数多くのアーティストのプロデュースを手がける編曲家の武部聡志さん、ポルノグラフィティのプロデューサーである本間昭光さん、ももいろクローバーZの曲で有名なヒャダインさん、東京事変の亀田誠治さん等、多数のプロデューサー・アーティストが筒美京平さんから大きな影響を受けたことを公言しています。

以下は、筒美京平さんから影響を受けたプロデューサー・アーティストによる曲になります。

・ポルノグラフィティ 『 アポロ』(1999)(作曲(共同):本間昭光)
・一青窈『夢なかば』(2003)(作曲:武部聡志)
・ももいろクローバーZ 『行くぜっ!怪盗少女』(2010)(作曲:前山田健一(ヒャダイン))
・東京事変『空が鳴っている』(2011)(作曲:亀田誠治)

また、最近では、宮本浩次さんのカバー曲アルバムでも筒美京平さんの代表曲である『ロマンス』『木綿のハンカチーフ』が取り上げられています。

・岩崎宏美『ロマンス』(1975)
・太田裕美『木綿のハンカチーフ』(1975)

今年の春に発売が予定されているトリビュートアルバムには、昨年『炎』で日本レコード大賞を受賞したLiSAさんによる『人魚』が収録される予定です。

・NOKKO『人魚』(1994)

日本のポップス界に大きな変革をもたらし、多大な影響を与えた筒美京平さん。もし、作曲家・筒美京平が存在しなければ、現在の日本のポップス界は大きく違っていたかもしれません。
今回は、数多くの名曲とともに筒美京平さんの日本ポップス界での軌跡をたどりたいと思います。

2.洋楽を愛した作曲家

筒美京平さんは、幼少時から音楽好きでピアノを習い、本人自ら、音楽の原点はピアノだと述べています。若い頃は芸大を目指し、楽器メーカーへの就職を考えていたそうです。

芸大の道へは進まなかったものの、大学時代は同好会でジャズを演奏するようになり、卒業後は、大手レコード会社に入社。入社当時は洋楽ディレクターとして勤務していましたが、作詞家の橋本淳さん(後に『ブルー・ライト・ヨコハマ』等の名曲を一緒に作ることになります)に薦められて、すぎやまこういちさんに師事し、作曲と編曲を学ぶようになります。

その後、作曲家として独立。1968年に大ヒットをした『ブルー・ライト・ヨコハマ』でブレイクを果たし、50年以上にわたって日本のポップス界の第一線で活躍してきました。

筒美京平さんの新しさは、卓越した洋楽のセンスを歌謡曲に持ち込んだ点にあります。それは、洋楽のメロディーをただ翻訳するのではなく、「如何に日本語が映えるメロディーにするか」にこだわったのではないかと、彼を尊敬する多くのミュージシャンが指摘しています。

例えば、『ブルー・ライト・ヨコハマ』は洋楽的要素で編成されたバックに、日本的なメロディーを融合させた名曲になります。

・いしだあゆみ『ブルー・ライト・ヨコハマ』(1968)

1971年には、『また逢う日まで』という本人も生涯ベスト3に入れていた名曲を生み出しています。洋楽的でスケールの大きいサビのメロディーの展開は、尾崎紀世彦さんのソウルフルな歌唱と見事な融合を果たし、日本レコード大賞を受賞しました。

・尾崎紀世彦『また逢う日まで』(1971)

筒美京平さんはかなりの洋楽マニアだったと言われています。東京育ちであることから、都会的で音楽面で恵まれた環境で、幼少期から最先端の洋楽に触れていたことも大きかったのでしょう。
また、洋楽ディレクター(海外での曲の買い付け等を経験したと言われています)として、洋楽をどう日本に浸透させていくかというマーケッター的な視点もあったと推測されます。
自分で編曲もこなしてしまうわけですから、洋楽的な要素を歌謡曲に自由に取り入れることができたことも大きな要因だったと考えられます。
このように、歌謡曲の洋楽化に大きく貢献したことが筒美京平さんの大きな功績といえるでしょう。

3.歌い手の個性を愛した作曲家

筒美京平さんのもう一つの特徴は、歌い手の個性も含めて、楽曲と考えていた点になります。曲を提供する前に、その歌い手の声の特徴や帯域を必ず確認して作曲を行っていたと言われています。

その歌い手が、意識していなかった歌い方や魅力がある帯域を筒美京平さんが”発見”することも少なくなかったそうです。

例えば、『わたしの彼は左きき』は、歌い手が想定していなかったキーの高さを曲に取り入れ、中音から高音までのやや苦しそうな”泣き”のフレーズが入る部分が大きな魅力となっています。

・麻丘めぐみ『わたしの彼は左きき』(1973)

また、シンガーソングライターである小沢健二さんが、筒美京平さんとタッグを組んだ『強い気持ち・強い愛』も小沢さん自身が作曲する他の曲と異なり、キーが高く設定されており、高揚感の溢れる楽曲となっています。

・小沢健二『強い気持ち・強い愛』(1995)

さらに、自身が作ったメロディーと違っていても、歌い手が何となく歌ってしまったメロディーや言葉がよければ、臨機応変にその場で採用することもあり楽曲が魅力的になるのならその場で柔軟に対応していた逸話が数多く残されています。

このように筒美京平さんのスタンスとしては、曲ありきというより、歌い手の個性も含めた『楽曲ファースト』だったということでしょう。

筒美京平さんの楽曲が、今、なお色あせることなく魅力的なのは、メロディーの素晴らしさはもちろん歌い手の個性も活かされて、唯一無二の楽曲になっているからだと思われます。

4.時代を愛し、ヒットにこだわり続けた作曲家

筒美京平さんはヒットにこだわった作曲家でもありました。筒美さん本人はヒットの快感を味わうことは「毒のようなもの」と述べていますが、常にヒットにこだわるということは、現時点で流行っているシーンに向き合うことであり、新たに適応することが必要になってきます。ほとんどの作曲家は、その時代に強くシンクロするため、時代が過ぎ去れば、『一時代を築いたクリエーター』で終わってしまいます。
筒美京平さんは、「自分で好きなものを作るんじゃなくて、売れるものを作らなくちゃいけない」と述べています。他の作曲家やプロデューサーと異なり、自身のスタイルにこだわることはなく、柔軟に各時代のシーンに向き合って作曲を続けた結果が、1960年代から2000年代の5年代のチャートのトップを飾ったことに表れているのかもしれません。

ただし、筒美京平さんの道のりは決して平坦なものではありませんでした。
1960年代から1970年代前半は、それまで他の作曲家には見られなかった卓越したセンスで洋楽的なエッセンスを盛り込んだ名曲を数多く送り出します。

・オックス『ダンシング・セブンティーン』(1968)
・宇野ゆう子『サザエさん一家』(1969)
・南沙織『17才』(1971)
・野口五郎『青いリンゴ』(1971)
・欧陽菲菲『恋の追跡』(1972)
・太田裕美『雨だれ』(1974)

しかし、1970年代半ばは、歌い手自身が作詞作曲して歌う、いわゆるシンガーソングライターによる「ニューミュージック」が台頭し、歌謡曲的なスタイルがあまり受け入れられなくなり、かなり悩んだと言われています。職業作曲家としての立ち位置が危うくなり、一度、音楽活動を諦めかけたとこともあったそうですが、一念発起して若い作詞家や編曲家と組み、自身のフィールドを拡げ、その結果、ヒットを伴った名曲を大量に生み出した80年代につながることになります。

・ジュデイ・オング『魅せられて』(1979)
・近藤真彦『スニーカーぶる~す』(1980)
・松本伊代『センチメンタル・ジャーニー』(1981)
・稲垣潤一『夏のクラクション』(1983)
・斉藤由貴『卒業』(1985)
・小泉今日子『なんてたってアイドル』(1985)
・C-C-B『Romanticが止まらない』(1985)

筒美京平さんが実践してきた欧米のトレンドを柔軟に取り入れ、楽曲を再構築するという技法は、「オリジナリティは問わず、積極的に再構築する」という編集感覚(サンプリング)を重視する90年代のアーティストから再評価を受け、ピチカートファイブや小沢健二さんといったいわゆる”渋谷系”のアーティストとのコラボも話題になりました。

・ピチカートファイブ『恋のルール・新しいルール』(1998)

2000年代以降も、曲作りに対する貪欲な姿勢は変わらず、『AMBITIOUS JAPAN!』、『綺麗ア・ラ・モード』、『時空ツアーズ』といった意欲的な作曲活動を行いました。

・TOKIO『AMBITIOUS JAPAN!』(2003)
・中川翔子『綺麗ア・ラ・モード』(2008)
・竹達彩奈『時空ツアーズ』(2013)
・田所あずさ『あなたの淋しさは、愛』(2019)

このように、筒美京平さんは、常にその時代に向き合い、良質な楽曲を作り続けました。

以上、日本ポップス界の不世出の天才、筒美京平さんの軌跡、いかがだったでしょうか?
残念ながら、筒美京平さんは、天国に旅立ちましたが、その音楽的な遺伝子は日本のポップス界に脈々と引き継がれています。

筒美メロディーは、今、聴いても色々な発見をもたらしてくれます。
今回、紹介しきれなかった楽曲にも魅力的なものが数多くあり、それらは配信サービスなどでも気軽に聴けますので、ぜひ、筒美ワールドを味わってください!

この記事を書いた人

Happy Jam編集部 オオフカ

Happy Jam編集部 オオフカ

DTMが趣味のデータ・アナリスト。アコギを練習して、自作曲を弾き語りで披露することが目標。映画が大の好物で、年間100本以上を視聴。ジャンルを問わず全般的にチェックしているが、特に好きなのは音楽映画。いつか、自分が出演してスクリーンに出てみたい!