ベストセラー教本『ピアノランド』の作者が考える、楽しく上達するコツ

 『ピアノランド』というレッスン教本をご存知ですか?これは、今からちょうど30年前に発売された子ども向けの曲集で、なんと、明治時代に日本に伝わり長らくピアノ教本の定番として親しまれてきた『バイエル』の発行部数を追い越したという、まさに国民的なピアノ教本なんです。使い続けられてきた人気の秘密は、どんな子でも楽しく弾きながらピアノを学べるよう、様々な工夫がされていること。その『ピアノランド』シリーズを作った作曲家の樹原涼子きはら りょうこさんに、音楽を楽しみながら学ぶコツについてお聞きしました。

©音楽之友社Webマガジン「ONTOMO」編集部

レッスンを楽しいエンタテイメントにしたい

―『ピアノランド』は、楽しいアイデアがいっぱい詰め込まれたピアノ教本ですね。この教本を作ったきっかけを教えてください。

樹原:音大卒業後、当時私は作詞や作曲、ピアノ演奏の仕事をしながらピアノを教えていました。あるとき、小学3年生の女の子が生徒として私のところに来たんです。その子はバイエルの後半を弾いているけれど、楽譜は読めないし音もきれいじゃなかった。連れてきたお母さんは「お宅でもだめなら、もうやめさせます」と。私はその子がかわいそうで……。「じゃあ、この子がピアノ好きになるようなものを、私が作る!」と思って、最初にできたのが『どどどどどーなつ』という曲でした。

ピアノランド1に収録の「どどどど どーなつ」(樹原涼子ホームページ「ピアノランドの教え方」より)

―『ピアノランド1』の最初の曲『どどどど どーなつ』は、ピアノを習っているたくさんのお子さんに親しまれている曲ですね。生徒は右手と左手で交互に同じ「ド」の音を弾いているだけなのに、それに先生が伴奏をつけることでとても楽しい演奏になります。

樹原:音楽にはリズム、メロディー、ハーモニーの3要素があるけれど、ピアノを習いたてのときにありがちな生徒一人・片手だけの演奏ではこの3要素を実現できないので、練習が楽しくなりにくい。『どどどど どーなつ』では生徒が弾くのは「ド」だけとはいえ、先生が伴奏をつけることで心動かすハーモニーが加わります。ピアノの基本と音楽の楽しさ、その両方を生徒にもっと教えやすくなるはず、と思いました。だからこの曲以降も、すべての曲に伴奏がついています(※)。

※ピアノランド4以降は、伴奏なしのソロ曲もあります

―カラフルなドーナツのイラストが描かれていて、楽譜が読めずとも曲の内容が一目で分かるのもうれしいことですね。そして練習曲にはすべてタイトルと歌詞がついています。

樹原:絵本みたいな教本にして、ページをめくるたび、ミュージカルのシーンを見ているように曲が変わっていくようなものにしたかった。フレーズ感をつけるためには曲も歌えるほうがいい。それに歌うのは楽しいですからね。

ピアノランドの表紙(写真はピアノランド2)
どの曲も、まるで絵本のような素敵な挿絵が入る

―カラフルな教本を作るのは、当時前例のなかったことだけに、大変だったのでは?

樹原:その頃はCM音楽にも関わっていて、他の人がプレゼンテーションをしながらチームで仕事を進めて行く様子を間近に見ていたんです。「そうだ、ピアノランドもこの方法でやってみよう」と。私と女性編集者、イラストレーター、デザイナーの4人でチームを組み、第1巻の見本を作って、音源もつけて音楽出版社に持ち込んだところ、本が作れることになりました。

―『ピアノランド』の伴奏をMIDIデータで作り、自宅で練習できるようにしたのも画期的なことだったそうですね。

樹原:子どもにはテレビやゲームなど誘惑が多いし、たくさん習い事もしています。それだけ身の回りに様々な事柄があるので、ピアノのコンテンツにも大きな魅力がないと、練習が続かない。そこで伴奏のオーケストラデータを使うことで、勉強と思わずに「合奏って楽しいんだ」という気持ちになって、練習が続くし上達もします。その成果がレッスンで見えれば、先生からさらに的確なアドバイスをもらえて、良い状況がどんどんできてきます。

先生と協力して楽しいレッスンを作ろう

―「楽しめるから上達する」というのは、大人のレッスンにも共通しそうですね。

樹原:そうです。だから、行くのが楽しみになるようなレッスンを、ぜひ先生と一緒に作っていってほしいですね。レッスンが楽しくなれば、人生がとても豊かになると思います。

―“行くのが楽しみになるレッスン”は、どうやって作れば良いでしょう。

樹原:大人の方は特に、なにか夢や憧れがあってレッスンを始めるはずなので、それを実現できるようアドバイスしてくれる先生を探すのが良いですね。音楽レッスンの道を一緒にデザインしていく先生を選び、やりたいことを実現するための目標を立て、どれくらいの時間がかかるか考えていきましょう。なんとなく習っていて、いつの日か曲が弾けるということはないですから。特に大人は練習時間も限られています。

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―楽器のレッスンを始めたけれど、思うように上達せず、続けていくのがとても大変……という人も多いと思います。楽しく続けるコツはありますか。

樹原:お稽古事では、繰り返し学んでいくうち、それまでのことがふっと越えられてうまくなる瞬間がありますよね。その瞬間を見つけたときに、ノートに記録していくといいんです。もちろん先生は生徒のレッスンカルテを作っていますが、習う側も作った方がいい。

―「習う側も作る」というのは新鮮な考え方ですね。ノートにはどんなことを書いたらよいでしょう。

樹原:たとえば、初めてのレッスンで先生に言われたことや購入した楽譜、その日にやったこと、次のレッスンまでにやりたいことなどを書いておく。練習しながら疑問が出てきたらそれもノートに書いていき、レッスンの日に持っていくんです。一週間練習しながら感じた変化を、自分の言葉で先生に伝え、相談するのが学び上手になるコツ。そういった情報を共有すれば、先生も良い教え方ができるはずです。

―練習の過程を先生に知ってもらえるのは、とても心強いですね。続けていくために大きな励みになりそうです。

樹原:昔のピアノの先生は「生徒の質問には絶対に答えない、自分で考えなさい」という人が多かったと聞いています。でも練習やレッスンが苦しかったら、音楽をやっている意味はないのでは。音楽は神様からのギフトだと考えているので、それを子どもも大人も十分に受け取れるようになってほしいですね。自分から能動的に先生に質問していって、教わったことを自分のものにしていってほしい。そして、音楽が人生の喜びとなるようなレッスンを作ってくださいね。

―ありがとうございました!

まとめ

楽しみながら学ぶことをずっと追求してきた樹原さん。『ピアノランド』シリーズの教本には、誰もが音楽を楽しめるようにというメッセージがこめられていたんですね。樹原さんの、常にご自分の考えに合ったものを選び、作り出していく強さには憧れを感じました。「音楽は神様からのギフト」とは、とてもステキな言葉ですね!お子様がピアノを楽しめていないという親御さんや、これからピアノをはじめてみようかなという方は、ぜひ一度『ピアノランド』シリーズを手に取ってみてはいかがでしょうか。

©ヒダキトモコ

樹原涼子 プロフィール

熊本市生まれ。武蔵野音楽大学器楽学科ピアノ専攻卒業。ピアノを故八戸澄江、故有馬俊一、白石百合子の各氏に、ジャズピアノ、編曲、音楽理論を故八城一夫氏に師事。1991年より順次出版されたメソッド『ピアノランド』はベスト&ロングセラーとなり180万部を超え、連弾と歌詞を用いて音楽性を引き出すメソッドはピアノ教育界で高い評価を得ている。現在、作曲、執筆のかたわら、セミナー、コンサート、公開レッスン、マスターコース、樹原涼子のコード塾、音楽大学での特別講義などを通じて、ピアノ教育界に新しい提案と実践を続けている。

樹原涼子Twitter:@LiokoKihara
YouTubeチャンネル「pianolandweb」:www.youtube.com/channel/UCQb-V9bemrzJNdeTAcKFg6A/playlists?view=1&sort=dd
樹原涼子のnote(エッセイ):note.com/liokopiano

この記事を書いた人

丹野由夏

音楽ライター。管楽器を中心にインタビュー記事などを執筆。大人になってからフルートを習い始めた。今は休んでいるけれどまたいつか!と思っている。最近は急に東海道を歩いてみようと思いたち、とりあえず本だけ購入しました。