Xのフォロワーが51人から1.7万人に
「奇跡ってあるんだなと思いました」
ものまね芸人の針谷紀久子さんは、最近の自分に起きた変化について、そう語る。
今年3月15日に放送された人気番組『千鳥の鬼レンチャン』に出演。「サビだけカラオケで、音程を1音も外さずに10曲連続クリアできたら100万円」という設定だ。
ものまね芸人は明るくて華がある印象だが、針谷さんは、「ものまね番組に出てもバズらない」「顔が地味って致命的」「営業が少ない」とネガティブ発言を連発。そうなってしまった理由として、「ゾンビ映画好き」を明かし、「夢を語ったり、調子に乗ると喰われる」から「ポジティブは捨てる」と宣言する。
その一方、ものまねをしながらの歌唱力は抜群で、順調に課題をクリア。1曲歌い終えるごとに前向きになり、「人生を変えたい」と臨んだ10曲目、冒頭でいきなり失敗するという展開で、司会進行の芸人、千鳥やかまいたちから盛大にいじられた。
これで一気に注目度が高まり、番組出演前、51人しかいかなかったXのフォロワーが番組中に1万人を超え、今では1.7万人に。インスタグラムのフォロワーも同数に達した。仕事の依頼も増えているという。

番組を観て、あるいはSNSを通して針谷さんを知り、「どんな人なんだろう?」と興味を持った人も多いだろう。自身も認めるように、それまで「無名」だったこともあり、彼女がどういう経緯でものまね芸人になったのか、まるで情報がない。「ネガティブ歌姫」誕生の軌跡は、意外なものだった。
3万人の応募者から選ばれた100人
針谷さんは都内の下町で生まれた。三人きょうだいの末っ子で、両親にかわいがられ、甘やかされて育ったという。音楽との出会いは、幼稚園に通っていた時。鼓笛隊で小太鼓を担当した。担任の先生から「リズム感がいい」と伝えられたことを、針谷さんの母親は覚えているそうだ。幼少期から小学校ではブラスバンド部に入り、トランペットを吹いた。歌うこともが大好きで、3歳の時には通っていた幼稚園の帽子を投げて、沢田研二のものまねをしていた。
「そこから、小柳ルミ子さんや松田聖子さんの歌も歌うようになりました。親戚の集まりで歌うと喜ばれるので、小学生の頃からものまねを披露していましたね」
レーザーディスクカラオケが登場した中学生時代は、家族や友人とよくカラオケに足を運んだ。小室ファミリー、ZARDなど当時の流行の歌をマネして歌うとその場が大いに盛り上がることもあり、「自分らしさではなく、似せて歌うこと」に喜びを感じるようになった。
短大を卒業後は、一般企業に就職して事務の仕事に就く。制服を着て、毎日、真面目に働いていた針谷さんが脚光を浴びるのは、宴会。カラオケに行ってものまねをするたびに、上司や同僚に「すごい!」「似てる!」と絶賛された。それが嬉しくて、求められればいつでもものまねを見せた。
事務の仕事をしてたまにカラオケに行く生活になんの不満も感じていなかった針谷さんに転機が訪れたのは2008年、31歳の時。
ある日、いつものように友人とカラオケに行った時に、カラオケの器材メーカーDAMが「カラオケグランプリ」を開催していると気づいた。ひとり2曲、その場で歌ったものを録音して送信すれば参加できる仕組みだったので、ふと思い立ち、DREAMS COME TRUEと綾香の歌で応募した。
後日、2曲とも審査に通ったと連絡があった。3万人の応募者のなかから選ばれた100人のひとりとして、関東大会に出場決定。初めてのことで大会についてよく知らず、「優勝しよう!」と当日を迎えたら、会場で圧倒された。素人を対象にした大会なのに、ほかの参加者はみなプロ並みだった。
「みんな上手すぎ……。私だけぜんぜん声量もないし、なんかちょっと嫌だな……」
歌に関して、生まれて初めて劣等感を抱いた瞬間だった。

33歳OLの意外な決断
同じ頃、久しぶりに会う同級生たちとカラオケに行った。そこでいつものようにものまねをして歌ったら、ひとりの友人が唐突に言った。
「え、なんでこんなところにいるの?」
「なんでそんなことを言うの?」と疑問に思った針谷さんに、その友人は続けた。
「すごい面白いじゃん!」
その友人にとって、針谷さんのものまねがあまりにも上手く面白かったから、「その歌を、なぜ町のカラオケで披露しているの? もったいない!」という意味の言葉だった。
友人の気持ちを嬉しく感じた針谷さんは、「もう一度、カラオケグランプリに出よう」と思い立つ。とはいえ、今の実力では通用しないこともわかっている。そこで、ボーカルスクールに通うことにした。
恵比寿にあるボーカルスクールでボイストレーニングを始めると、その成果は如実に表れた。声量がグッと上がり、自分でも「前より上手くなった」と実感した。
自信を持って、「カラオケグランプリ」に再チャレンジ。ところが、審査に落ちてしまう。3度目も落選。針谷さんは「1回目のときは、奇跡だったんだ」と落胆する。
ここで、もう歌を諦めよう……とはならなかった。ボーカルスクールには10代、20代が多く、夢を持って学んでいた。若者たちに感化された針谷さんは、2010年、33歳にしてアーティストへの一歩を踏み出す。
「その頃も本当はものまね芸人になりたかったんだけど、テレビを観ると皆さん面白すぎて、自分には無理だなって思ったんです。だったら、自分の声で勝手に歌ってみようかなと。先生方も上手いんだからやってみたらって応援してくれて、そこからスクールの子たちと組んでライブを始めました」

初めてのテレビ出演
アーティストを目指すと決めた針谷さんは、「歌に力を入れるんで」と宣言して、会社を辞める。大胆な決断に思えるが、会社の人たちも家族も応援してくれた。
それから3年間、アルバイトをしながらアーティストとして舞台に立った。ボーカルスクールの講師にオリジナルの曲を作ってもらい、スクールの仲間とコンピレーションアルバムも出した。そこで、ものまね芸人への思いが再燃する。
「一般的に、お客さんはそのアーティストを見に来ているから、アーティストがライブでものまねをするのは邪道なんです。でも、私はものまねが大好きだから、オリジナルの曲を歌った後に、おまけでSPEEDや中島みゆきさん、西野カナさんなどいろいろな方の歌をメドレーで歌っていました。そしたら、それが一番ウケたんですよね」
観客の反応を見て寂しく感じることもなく、むしろ「オリジナルの歌より、ものまねのほうが喜ばれるんだな。それなら、ものまね芸人になれる可能性もあるかもしれない」とポジティブに捉えた。ライブに来たお客さんに思い切り楽しんでほしくて、邪道とわかっていながら、ものまねを続けた。
そのものまねに目を留めたのが、ボーカルスクールの講師。テレビ番組『ものまねグランプリ』(日本テレビ系)の制作陣に知り合いがいるからと、針谷さんに紹介した。
「私なんか無理でしょ」と感じながらも、オーディションに参加。そこで、それまで個人的に練習してきた20人のものまねを披露したところ、審査員に「なんでそんなにレパートリーがあるんだ!」と驚かれ、審査に合格。2012年、35歳の時、『ものまねグランプリ』に出演し、中島みゆきを歌う。それが好評で、数カ月後にはもう一度、同番組に出て、JUDY AND MARYを歌った。

すると、『ものまねグランプリ』のスタッフが「ここに行って、勉強してみたら?」と新宿にあるものまねショーレストラン「そっくり館キサラ」の存在を教えてくれた。そこで見たプロのものまねは驚くほどクオリティが高く、針谷さんは「私にはこんなに面白くものまねできない」とただ落ち込んで帰る。
恩師からの無茶ぶり
その半年後、ボーカルスクールの講師に「一緒に行くから」と誘われ、渋々、キサラに再訪した。キサラでは、ものまねができるお客さんを舞台に上げる時間がある。その日も、キサラの店長から「ものまねできる方いますか?」という呼びかけがあった。その瞬間、一緒にいた講師が「はいっ!」と手を挙げた。なにごとかと思ってその講師を見ると、「ここにいます!」と針谷さんを指さしていた。
えっ!? 戸惑っているうちに、店長から「では、お願いします!」と指名されてしまう。いやいやいや、と言いながら、ここで拒否をすると場が盛り下がってしまうと感じた針谷さんは、水を一口飲んで舞台に向かった。そして、レパートリーのひとつ、Every Little Thing・持田香織のものまねをする。
歌い終わると、ワーッと大きな拍手が沸いた。この一曲で、ピンときたのだろう。店長から「1週間後に、キサラのオーディションがあります。よかったら参加しませんか?」と声をかけられた。思いのほか気持ちよく歌えた針谷さんは、「はい」と答えた。
翌週、オーディションに合格。2013年、36歳にして、憧れていたものまね芸人としてキャリアが始まった。

キサラで歌うと、毎回、お客さんの反応が良かった。同じ舞台に立つものまね芸人からも、店長からも、高い評価を受け、やがてキサラでトリを務めるようになる。さらに、ものまね芸人の大御所、コロッケがオーナーを務めるショーパブ「コロッケミミックトーキョー」でも働くようになった。
その頃、テレビ番組『ものまね紅白歌合戦』(フジテレビ系)のオーディションを受けて合格し、新人として何度か番組にも出演。アーティスト時代には感じなかった確かな手応えを得ていた。
ゾンビの世界に入り浸る
同じフジテレビ系の番組に『ものまね王座決定戦』がある。こちらは「王座」というだけあって、名だたるものまね芸人が参加する狭き門だ。ものまね芸人を始めて6年目の2019年、新人枠でオーディションの声がかかった。周囲から「絶対に受かる」「(本選で)優勝するんじゃない?」と応援されて臨んだ当日、針谷さんは最も自信のあるMISIAとSuperflyを歌った。しかし、結果は落選。

「私、それまで本当にポジティブだったんですよ。ものまね芸人になってから認めていただくことが多くて、調子に乗っていたんだと思います。だから、このオーディションも受かると思っていたんですよね。 それだけに、落ちた時の落胆が激しくて。私の得意な歌で落ちるということは、もうほかにできることはないと思ってしまいました」
振り返ってみれば、「カラオケグランプリ」も合格したのは最初の一度だけ。アーティストに挑戦しても、芽が出なかった。遠回りしてようやくものまね芸人になり、自信をつかみ始めていたけれど、求めていた結果には手が届かない。なんでうまくいかないんだろう。やっぱり向いてないのかも。針谷さんは、「いったん、休もう」とキサラを辞める。
実家に住んでいた針谷さんは、それから7カ月間、ほとんどなにもせずにゾンビドラマ『ウォーキング・デッド』を観て過ごした。なぜ、ゾンビだったのだろう?
「多分、家族の影響なんですよ。 家族がホラー好きで、小さい時から一緒に観ていたんです。小学校低学年の時に観た『バタリアン』の脳みそを食べるシーン、今でも覚えていますよ。それがトラウマになるんですけど、いつの間にか癖になっちゃって、怖い系の映画やドラマを観るようになりました」
数あるゾンビもののなかでも『ウォーキング・デッド』の人気は絶大で、2010年から12年間、シーズン11まで続いた。1話1時間前後で全169エピソードあり、単純計算すればすべて観終えるまで169時間かかる。傷心の針谷さんが時間を忘れて没頭するのに、ちょうどよかったのかもしれない。
ただ、「夢を語ったり、調子に乗ると喰われる」という『ウォーキング・デッド』の世界にどっぷりと浸かってしまったがために、ネガティブマインドが染みついた。
7カ月で復帰した理由
この7カ月間、ただ引きこもっていたわけではない。当時所属していた事務所を通して、DAMのガイドボーカルの仕事を請けた。ガイドボーカルとは、カラオケを歌う際に演奏と一緒にお手本として流れる歌声だ。
「ひと月に3曲ぐらい歌わせてもらって。『ウォーキング・デッド』を観ながら、ガイドボーカルで生計を立てていました」
7カ月でものまねの仕事に復帰することになったのは、仕事仲間の存在が大きかった。針谷さんは休養という形で「コロッケミミックトーキョー」の仕事からも離れていたのだが、その仕事でお世話になったコージー冨田さん(タモリのものまねで有名)は、休養期間中も針谷さんのことを気にかけてくれた。
「私が休んでいる時に、『もったいないから仕事を続けなきゃ』とか『辞めるなよ』と言ってくることもなく、何事もなかったかのように飲み会に誘ってくれるんですよね。特別なことはなにも言われていないけど、『いつでも戻ってきていいんだよ』という雰囲気を作ってくれたんだと思います」
休養の事情を知る「コロッケミミックトーキョー」の支配人からも、「そろそろどう?」とこまめに連絡があった。最初の頃は「休むって言っているのに」とウンザリすることもあったが、そのうちに「私みたいなダメな人間を見放さないでいてくれてるんだな」と感じるようになった。そうして7カ月が経ち、「来月あたりどう?」と言われた時、「来月ならいいかな」と返事をしていた。
しかし、復帰後間もなくして、新型コロナウイルスのパンデミックが発生。「コロッケミミックトーキョー」は休業を経て、2020年に閉店する。この後しばらく、針谷さんはガイドボーカルの仕事と数少ない営業で細々とものまねを続けていくことになる。テレビに出て認知度が高まれば、営業の仕事も増えるかもしれない。それでも、テレビを避けた。
「テレビのオーディションって、部屋の後ろにずらっとものまね芸人が並んでいて、自分の順番が来たら前に出て歌うんです。その頃はもうネガティブになっているので、そういう場で同業者に自分を見せるのがイヤだったんですよね。それに、テレビに出て、SNSで『似てない』とか『ただのカラオケ』とか言われるのも耐えられませんでした」

「ものまね王座決定戦」への道
『ものまね王座決定戦』のオーディションに出てから4年間、針谷さんはテレビのオーディションを受けなかった。気が変わったのは、コロナ禍を経てオーディションの方法が「ものまね動画を送る」に変わったからだ。
事務所を移り、現在のマネージャーに「やってみたら?」と勧められた時、「こんな下手くそなのに受かるのかな」と思いながらも、「動画を送るだけならいいか」と受け入れた。
すると、とんとん拍子にオーディションを突破。2022年8月に『熱唱!ミリオンシンガー』、同年12月には『ものまねグランプリ ザ・トーナメント』に出演が決まる。翌年10月、『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』に出演すると、翌月には、ついに『ものまね王座決定戦』にまでたどり着く。
「『ものまね王座決定戦』のプロデューサーさんから、『今までどこにいたの?』って言われて。だから、4年前に落とされてから不貞腐れて、もうなにやっても絶対に受からないと思ったんで、家でずっと『ウォーキング・デッド』を観てましたって正直に答えたんです。そうしたら、『4年前も、決してあなたが下手くそだから落としたわけじゃない、本当に上手いと思うから続けたほうがいいよ』って言ってくれたんですね」

これを機に、『ものまね紅白歌合戦』と『ものまね王座決定戦』に3年連続で出演。ほか、テレビ朝日系や日本テレビ系の番組にも呼ばれるようになり、休業以前と比べて一気に露出が増えた。それでも、気持ちは晴れない。
「ほかの出演者は売れっ子ばかりで、顔が売れてないのって私だけなんですよ。番組の控室に名前を書いた紙が貼ってあるんですけど、例えば荒牧陽子さん、みかんさん、ミラクルひかるさんってあって、針谷紀久子を見た時に、誰やねんって私も思うんです。こんなに良くしてもらっているのに番組に出た後の反響も一切なくて、それが申し訳なくて」
1000個以上寄せられたコメントとダイレクトメール
実際、何度テレビに出てもSNSで話題になることはなく、Xのフォロワーは微動だにせず。インスタグラムのフォロワーは800人ほどいたものの、「一般のステキな人のほうが多いし……」とネガティブに捉えていた。
バズらないのは顔が地味だからかな。年を取ってるからかな。自分を否定する言葉が頭を離れず、もはやそれが日常になっていた頃に、マネージャーから『千鳥の鬼レンチャン』出演の話を聞いた。その瞬間、頭に浮かんだのは「こんなに無名なのに出ていいの?」。
この、とことんマイナス思考と、そっくりなものまね、ガイドボーカルの仕事で鍛えた圧倒的な歌唱力のギャップが番組でウケたのは冒頭に記した通り。番組が始まるとスマホの通知が鳴りやまなくなり、開始20分でXとインスタのフォロワーが1万人を超えた。
「初めてなので、1曲目は死に物狂いでした。でもだんだん慣れて、取り戻してくるんですよね、いつもの自分を。5曲目ぐらいから調子が出てきて、これはいけると思い始めました。練習の時に音程をぜんぶ当てていたから、家族にも鬼レンチャンしちゃうかもしれないって言ってたんですよね。9曲目を成功した時には、本当にいけると思いました」
しかし10曲目、すぐに失敗。
「ものまねしながら音程を当てるって難しくて、音程を重視するとどうしてもものまねがおろそかになるんです。それで最後にちょっと欲を出して、思いっきりモノマネを入れちゃおうと歌い始めた途端に失敗しました」
これで「夢を語ったり、調子に乗ると喰われる」という自ら立てたフラグを回収し、意図せずして番組を盛り上げる展開になった。
今回の番組出演で唯一恐れていたのが、ネット上の誹謗中傷。アラフィフ独身にして実家暮らし、仕事も少なくゾンビ三昧という生活についてなにか言われるに違いないと覚悟を決めていた。番組中からXやインスタにどんどんコメントが寄せられ、終わった時にはおよそ400件。さらに同じぐらいのダイレクトメールが届いていた。それらを恐る恐る、すべて読んだ針谷さんは号泣した。
「ひとつも悪口がなかったんですよ、本当に。これは奇跡だなと思いました」

「素の自分」を活かす
ものまね芸人の仲間たちからも、「針谷さんの面白さがみんなにわかってもらえて嬉しい」「針谷さんの面白さがすべて出てた」「すごく面白かった」「最高だった」とメッセージが届いた。同業者からの感想は、これまでの活動が認められたようでまた格別だった。
番組出演後、仕事の依頼も増えた。営業に行くと「鬼レンチャンを観た」というお客さんがたくさん来るようになった。それでも、ネガティブは健在だ。
「私には奇跡ですけど、一般的にはそうでもないっていうことはわかっています。町で声をかけられるわけでもないですし」
針谷さんにとって予想外だったのは、このネガティブキャラが番組で知れ渡り、面白がってくれる人がいるとわかったこと。今後は、「素の自分」を活かせる仕事もしたいと語る。
「このままできる限りモノマネを続けつつ、トーク番組に出てみたいんですよね。私、もともとお喋りなんです。素でいることが許されるなら、『ウォーキング・デッド』芸人、ゾンビ芸人みたいな番組に呼んでほしいです。ゾンビ映画とかドラマにも出てみたいですね。もちろん、喰われていいです。むしろ喰われたい」
針谷さんにとって、ゾンビはもう切っても切れない関係のようだ。最後に、聞いた。
「もう一度、鬼レンチャンに出たら、10レンチャン、達成できますか?」
針谷さんは、しっかりと頷いた。
「視聴者からのコメントで、(番組に)ずっと出てほしいからまた 9連チャンでお願いしますっていう方がいました。でも、たぶん10レンチャンしちゃうと思います」
これがまた、ゾンビに喰われるフラグになるのか、否か。ものまね業界の異端、ネガティブ歌姫の行く末はいかに――。

文:川内イオ 撮影:三村健二
針谷さんプロフィール

針谷紀久子
ものまね芸人。第一興商DAMガイドボーカル担当。
フジテレビ ものまね紅白歌合戦、ものまね王座決定戦出演。
ホラー、ゾンビ、バウムクーヘン、あんこ大好き。
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