映画『BLUE GIANT』主人公の演奏を担当したサックス奏者・馬場智章が語る“劇中曲の魅力”と“楽器を続けるためのモチベーションの保ち方”

ジャズに魅了された若者たちの姿を描いた大人気コミック『BLUE GIANT』が映画化! 劇中曲のほぼ全曲を世界的ピアニストの上原ひろみが描き下ろし、ピアニスト雪祈(ゆきのり)の演奏を上原、主人公・大のサックスを馬場智章、ドラムの玉田の演奏を石若駿が担当していることも話題を集めている。

今回、主人公・宮本大としてテナーサックスを演奏した馬場にインタビュー。劇中曲の制作エピソードのほか、彼自身が音楽を志したきっかけ、サックス初心者に向けたアドバイスについても聞いた。

馬場智章(ばば・ともあき)
1992年生まれ、北海道出身。サックス奏者、作・編曲家として活躍中。2000年より発足した札幌ジュニアジャズスクールにてサックスを始め、2010年にアメリカ、ボストンにあるバークリー音楽院のサマープログラムに参加。2011年にバークリー音楽院に入学し、ジャズトランペット奏者のテレンス・ブランチャードなど数多くの有名アーティストと共演を果たす。バンド・J-SQUADとしても活動し、2016年から4年間『報道ステーション』(テレビ朝日系)のテーマ曲を手掛ける。これまでアルバム『STORY TELLER』『GATHERING』をリリース。

『BLUE GIANT』とは…?

2013年に石塚真一が『ビッグコミック』(小学館)にて連載をスタートした音楽マンガ。
主人公の宮本大が世界一のジャズプレーヤーを目指すため、様々なアーティストたちと関わりながら、成長していく過程が描かれる。2017年には第20回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門の大賞、第62回小学館漫画賞 一般向け部門を受賞。演奏シーンの圧倒的な画力と表現力は、多くの読者を魅了し、“音が聞こえてくるマンガ”と話題を集めている。映画は、東京編を中心に、オリジナルの展開も加わっている。

“音楽ありき”で制作された映画『BLUE GIANT』

――映画『BLUE GIANT』は、ジャズに魅せられ、音楽を真摯に追求し続ける若者を描いた作品。馬場さんは主人公・宮本大(声:山田裕貴)のサックス演奏を担当しています。

馬場 これまでにも何度か劇伴(映画やドラマなどで流れる音楽)に参加したことがあるんですが、一般的には映像を見ながら音を当てはめていくんです。でも『BLUE GIANT』の演奏シーンは真逆で、まず音を録ってから、それに合わせて映像を作るという順番だったんですよ。ライブのシーンが多いし、尺(長さ)も結構あって。僕としては、それがどういう伝わり方をするのかが楽しみなのはもちろん、怖い部分でもありますね。ジャズは決してわかりやすい大衆音楽ではないと思っているのですが、そういう音楽をメインに据えたところもこの作品ならではの魅力でもあると思います。

――サックスの宮本大、ピアノの沢辺雪祈(声:間宮祥太朗/演奏:上原ひろみ)、ドラムの玉田俊二(声:岡山天音/演奏:石若駿)がライブを重ねながら成長していくストーリーですからね。

馬場 そうなんですよ。絵コンテに合わせて「この時期の演奏だと、そこまでギアは上げられない」みたいなことを確認しながらレコーディングしました。いちばん難しかったのは、雪祈の前で、大がひとりで演奏するシーン。JASS(大、雪祈、玉田によるジャズバンド)の結成に繋がる、原作マンガでもすごく重要な場面として描かれていて。自分ではなくて“宮本大”が演奏するという制限がある中、サックス1本、決められた尺で、見ている人たちに感動してもらえる演奏をしなくちゃいけなかったので、本当に大変でした。じつは、最初のレコーディングでは全員が納得するテイクが録れなかったんですよ。僕自身も段々何がいいのかわからなくなってきて、「いったん時間を置いて、もう1回レコーディングしましょう」ということになったんです。2回目のレコーディングではスタッフのみなさんのご提案で、大が演奏しているシチュエーションを再現して。照明の具合だったり、雰囲気作りから始めたら、全員が納得できる演奏が録れました。

――馬場さん、上原ひろみさん、石若駿さんが担当したバンドのライブシーンの演奏も素晴らしかったです。

左からサックス担当の馬場、本作の音楽&ピアノ担当の上原ひろみ、ドラム担当の石若駿

馬場 そこのシーンも大変だったんですよ。たとえば最初のライブは、まだ玉田が初心者なので、駿はわざとヘタクソに演奏するんですよ。駿とは20年来の付き合いで、何度も一緒にやっているんですけど、初めてドラムの音を聞こえないようにして、ひろみさんのピアノの音だけを聴いて演奏しました(笑)。バンドで演奏するというより、3人の個が戦っているような印象もありましたね。ストーリーが進むにつれてバンドとしての形が見えてくるという感じでした。

最大の見どころは臨場感にあふれたライブシーン

――クライマックスのライブシーンはまさに圧巻でした。

馬場 ありがとうございます。ただ“宮本大”として演奏するのが大前提なので、普段の自分の演奏とは違うんですよね。ひろみさんのカッコいい演奏を聴きながら、「このフレーズに合わせたらいいだろうな」とは思うんだけど、それをやると“大”じゃないから、あえて受け流して全然違うことをやるっていう(笑)。だから、ひろみさんと僕は本当の意味では共演していないんですよね。そういうことをやっていたからか、『BLUE GIANT』の曲を録ってる時期は、ほかの現場でも“大”を引きずっちゃて。「僕、どういうサックス吹いてたんだっけ?」みたいな感じになったこともありました(笑)。

――それだけ“大”になりきって演奏していた、と。ライブの臨場感もすごいですし、ぜひ映画館で見て欲しいですね。

馬場 絶対にそのほうがいいと思います。僕は映画音楽も好きなんですけど、『BLUE GIANT』の劇伴は本当にライブに近い音楽だし、映画館の迫力のある音響で味わって欲しいですね。映画というより、むしろライブに来るような感覚もあると思うので。ひろみさん、駿という今のジャズシーンを代表するミュージシャンの演奏が、『BLUE GIANT』を通してたくさんの人に届くというのは、すごい機会だと思うんですよ。音楽ファン、原作が好きな方はもちろん、山田裕貴さん、間宮祥太朗さん、岡山天音さんのファンの方にも興味を持ってもらえるだろうし、この映画がきっかけになって、音楽シーンがもっと面白くなるんじゃないかなって。

――ここ数年、ジャズも盛り上がっていますからね。才能に溢れたアーティストが続々と登場して。

馬場 そうなんです。この10年ほどで、日本のシーンの音楽性はさらに豊かなになったと思っています。たとえば、駿はmillennium parade(King Gnuの常田大希によるプロジェクト)に参加しているんですけど、millennium paradeやほかの参加作品を見て「このドラマーの音、カッコいいな」と思った人が、駿が主体のプロジェクトの音楽を聴いて、そこからさらに色んな音楽を知ることもある。『BLUE GIANT』が、若い人がジャズに興味を持つ入口になれたらいいなと思います。多くの人にウケる音楽、いわゆる“聴きやすい音楽”も大事ですけど、ミュージシャンが「これがカッコいいんだ」と押し出す音楽も必要。そういう音楽が受け入れられる環境を作ることで、音楽シーン全体の水準が上がると思うんですよね。そのきっかけを僕らの世代で作りたいし、もっと若い世代の人たちに繋がっていったらな、と。日本のアニメーションのクオリティはすごく高いし、海外の人たちに注目してもらえるのもうれしいですね。

楽器を続けるコツは“好きこそものの上手なれ”

――馬場さんご自身がジャズに興味を持ったきっかけは?

馬場 僕は子供のころ水泳をやっていて、音楽には全く興味がなかったんですけど、ある時叔父が所属していたビッグバンドのライブを見て、「すごい!」って衝撃を受けたんです。サックスを始めたのは小学校2年生のとき。職業として意識したのは、中学3年生でアメリカに行ったことがきっかけでした。アメリカはジャズの本場だし、「この環境で音楽をやりたい」と強く思ったんですよね。家族も当時は僕がミュージシャンになることには反対で、普通の高校への進学を考えていましたが、アメリカに行ってから勉強に身が入らなくなり、高校受験で志望校に落ちてしまって。そのこともあって「よし、音楽だ」という気持ちに拍車がかかったんです。高校に受かっていたら音楽をやっていなかったかもしれないですね。

――まさに運命の分かれ道だったんですね。サックスを吹いてみたいと思っている人、サックス初心者の方にメッセージをいただけますか?

馬場 おそらく最初は、あまり楽しくないと思います(笑)。なぜなら楽器はむずかしいから。たとえばスポーツだったら、初心者でもなんとなくプレイできたり、試合に参加できたり、アトラクションみたいに遊べる感覚もある。だけど楽器の場合は、ある程度演奏ができるようにならないと楽しくないんですよ。特に管楽器は“ドレミファソラシド”を吹けるまでに意外に時間がかかる。「だったら何が面白いんだ」という話ですが、そういうときは楽器を購入した金額を思い出してください(笑)。「結構高いお金を出したんだから、ここでやめたらもったいない」と思ったら、続けられるんじゃないかなって(笑)。その代わり上達するにつれてどんどん楽しくなります。あとはジャズのライブに足を運んでもらって、「こんなふうに演奏してみたい」とモチベーションを上げてもいいでしょうし、「忘年会で披露したい」みたいな身近な目標を立てるのもいい。やっぱり“好きこそものの上手なれ”だと思います。

――最後に、映画『BLUE GIANT』のレコーディングで使用したサックスについて教えていただけますか?

馬場 YAMAHA YAS-82Zのシルバープレート、“High・F♯キーなし”という仕様です。年季が入っているように見えますけど、まだ使い始めて4年くらいなんですよ。以前は“大”のサックスに近いセルマーのマークⅣというビンテージ楽器を使っていたんですが、手入れが大変だし、修理も大変。新品の楽器のほうが調整しやすし、作りもしっかりしているので扱いやすいんですよね。長く使うことで、音、見た目を含めて、自分の好みのサックスに育てられるのも新品の魅力だと思います。

『BLUE GIANT オリジナル・サウンドトラック』2月17日発売 UCCJ-2220/3,300円(税込)
世界的ピアニスト上原ひろみが手掛けたJASSのオリジナル楽曲から、劇伴音楽、エンドロール曲『BLUE GIANT』まで全29曲を収録!

《収録曲》1.Impressions/2.Omelet rice/3.Day by day/4.Kawakita blues/5.Ambition/6.BLUE GIANT ~Cello & Piano~/7.Motivation/8.In search of…/9.The beginning/10.Monologue/11.Forward/12.Another autumn/13.Next step/14.Challenge/15.Kick off/16.Samba five/17.N.E.W./18.Recollection/19.No way out/20.New day/21.Reunion/22.Count on me/23.Faith/24.Nostalgia/25.What it takes/26.WE WILL/27.From here/28.FIRST NOTE/29.BLUE GIANT

『BLUE GIANT』2023年2月17日(金)全国ロードショー

原作:石塚真一/監督:立川譲 脚本:NUMBER 8/音楽:上原ひろみ/声の出演/演奏:山田裕貴/馬場智章(サックス)、間宮祥太朗/上原ひろみ(ピアノ)、岡山天音/石若駿(ドラム)/配給:東宝映像事業部

https://bluegiant-movie.jp/ ©︎2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 ©︎2013 石塚真一/小学館

JASSの演奏が聴ける予告編はコチラ!

取材・構成/ビッグ・バン・センチュリー

「練習がきつい!と感じたら」特集について

毎日コツコツと練習を重ねるのが、なんだかしんどくなるときってありますよね。そんなときは、克服した人の経験談やアドバイスから練習のヒントを受け取ってみては?プロの演奏家やミュージシャンも、意外と同じ壁にぶち当たっているかもしれませんよ。

この記事を書いた人

森 朋之

音楽ライター。1990年代の終わりからライターとして活動をはじめ、延べ5000組以上のアーティストのインタビューを担当。ロックバンド、シンガーソングライター、ボカロPまで、日本のポピュラーミュージック全般が守備範囲。主な寄稿先に、音楽ナタリー、リアルサウンド、AERA dot.。